芝居は、愛。

今日は、mizutani
我が稽古場のある大山街道で高津区民祭。

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大山街道(旧246)


夕方の45分休憩にダッシュでとうもろこし。

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ナツキチ、みずっち、マイ

美味しかった~、えへ。


芝居を始めてすぐの頃、
芝居は愛だと教わった。
意味が全くわからなかった。

誰かに恋するように、芝居に恋するのかな?
ぐらいにしか、考えていなかった。
その頃は、
本当によく演出家の先生に怒られた。

「お前は、自分のことしか考えていない!」
「中身がない、背景がない!」
「段取りで芝居をするな!」
「それは踊りじゃない、体操だ!」
「嘘をつくな、本気を見せろ!」
「人のセリフを無視するな!」
「面白くない!」
「間が違う!」
「息をしろ!」

山ほど怒られた。
褒められたかったけど、
褒められるようなことができなかった。
アホだった。

出された駄目出しを一つ一つ解決しようとした。
すると、心とからだがバラバラになって、
芝居ができなくなった。

役の心を映し出す、透き通った、自由に動くからだが欲しいと思った。

基礎訓練を真面目にした。
芝居のためになんでもした。
人がやらない準備も山ほどした。
芝居のためだと、自分そっちのけで人の世話もした。
すると、自分の世話がおろそかになり、
からだを壊したこともあった。
これではダメだと思った。

人を観察した。
本音と建前の間の真実を見た。
声を出した。
声を聞いた。
声なき声を見た。
早く動いた。
ゆっくり歩いた。
動きにリズムとラインがあった。
息を吸った。
息を吐いた。
呼吸が、生きている証拠だと知った。

人間って面白いと思った。
人が愛おしく思った。
自分が大切に思った。
芝居って面白いと思った。

そして時が経って、ふと気がつくと、
昔のバラバラだった駄目出しは、
一つの駄目出しに統合されていた。

『芝居は、愛。』