稽古場日誌Vol.36 「科白(せりふ)」

科白(せりふ):
中国語からの借用で「科」は劇中の俳優のしぐさ、
「白」は言葉のことで、俳優のしぐさと台詞を意味する
(原語由来辞典より)

いつも稽古場に一番に到着するのは、草光純太クン。
私は、稽古場の鍵を開けるので、そのちょっと前に到着しています。

純太と純子だから、
演出家からのダメ紙に「純」と書かれていると、
どちらのダメかわからなくなる。

二人とも大好きな黒酢ドリンクを冷蔵庫に並べて入れていると、
どちらの黒酢かわからなくなる。
ので、マジックで名前の頭文字を書く。
「純」と「純」が並ぶ。
と、もっとわからなくなるので、
水谷の「水」と、純太の「太」と、大きくマジックで書く。
「水」「太」り、と読めて、やな漢字。
いいぇ、やな感じ。

そんな、純太君。
昨日の稽古で、キャラクターの声質を変えました。

太「声質変えただけで、科白が一瞬出にくくなるんですよね~なんでですかね~」
水「う~~~ん、そうだよね~」
と考えました。

簡単に言えば、声質が変われば息も間も変わるから(性格が変わるから)
これまでやっていた演技が変わるのであたりまえなのだけれど、
改めて「なんでかなぁ、面白いなぁ」と。

役者は、「自分の言葉」ではなく「他人の言葉」を話すので、
普段の自分ではない呼吸を必ずします。

子供と大人では、違いがある。
朝と夜では違いがある。
怒りと笑いでは違いがある。
あなたとわたしでは違いがある。

うん、やっぱりそういうことだろうなぁ。
「他人の言葉」を自分の身体を使って話すわけだから、
声質ひとつ変わっただけで、またそれは別の「他人の言葉」になるわけだから、
そんな急激な変化にからだがびっくりするんだろうな。
でも、悲しいかな、役者稼業は「急激な変化」に耐えなければならない宿命。
人体実験じみています。

「他人の言葉」が「自分の言葉」になったとき、
自分でも他人でもない「役」が現れ出でます。
「役者」とは奇妙な生き物です。

そんな人体実験に耐えうる為、ストレッチ。
稽古疲れは腰に来ます。

作品は本当に奇妙で面白いですよ。超お楽しみに。

水谷純子