36日目「判る」齋藤 皓允


よく稽古場で「判る」の話になる。

意味をときあかしたり分析して「解る」
善し悪しや識別、道理が「分かる」

「解」「分」でもなく「判」。

明らかになること。
はっきりくっきりすること。
クリアーになること。

芝居には、判明の「判」が必要だという話。

これは感覚として「あっ」「おぉー」「ピン!」といったものなんだろう。

普段の稽古でも、自分が判ってる部分は少ないなと思わされることがある。
しかし、その気付きを与えてくれているのも今回の作品であるし、人である。

作品が及ぼしているのか、

そこに集まる人が及ぼしているのか、

普段感じないことを毎日感じさせてくる、深い稽古場になっている。