愚鈍起承転浪漫譚「劇中劇」

「劇中劇」の説明、ちょっと小難しい…
ともかく順序立てて。

舞台と客席の間には透明な壁(第四の壁)がある。
「演劇内の世界」と「観客のいる現実世界」との境界。
通常、観客はこの「第四の壁」の存在を意識することなく受け入れ、
「これはお芝居なのだ」という約束事を前提として、
催眠術にかかったように舞台を(ドラマティックに)観る。
たぶん、観客の多くはこう捉えている(捉えたい)のだ。

ドイツの劇作家・演出家、ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht 1898-1956年)は、
この「第四の壁」を意図的にぶち壊すことを目論んだ先駆者だ。
物語や役への感情移入を故意に拒む。
出来事を客観的・複眼的に見ることを観客に促し、
あたりまえだと思っていたものに違和感を起こさせることによって、
新しい見方・考え方、物事の本質に迫らせようとした。
これを「異化(効果)」と呼ぶ。らしい。
※学生時代に勉強はしたが、難解すぎる、方向性が違う、と逃げてきた。客席(観客)と対峙すること恐ろしいから。

例えばこういうこと…
登場人物が観客に呼びかける。
客席に登場人物が現れる。
登場人物が演技をやめて生身の役者としての立場をとる。
演じ手が自らの実情や内情を語り出す。
小道具を舞台上で裏方から受け取る。
観客の前で衣裳を着替える。
セリフを字幕・プラカード・歌に置き換える。
※今回ほとんど演出に使ったブレヒト手法。

つまり、
物語にドップリ浸かろうとする観客の意識を立ち止まらせ、
我が身の事だと実感させる。
悪く言えば「興醒め・シラケ」
丸く言えば「観客参加型」
要は「役者野ざらし」。

劇中劇もある意味「異化効果」である。
※ブレヒト劇では「ブレヒト幕」と呼ばれる劇中劇用の引き幕が多く使われる。物干し用の紐や竿に掛けたシーツような幕。

さて、本題。
【劇中劇(げきちゅうげき)】[play within a play]
芝居の中でもう一つの芝居を演じること。
ブレヒトの劇中劇は、
「虚構(偽り・立前)」と「現実(真実・本音)」の
狭間を観客に行ったり来たりさせること(時代や時間軸の混乱)で、
錯覚させたり思考をストップさせたりすることが目的の一つである。

今回の場合、
1.死ぬ間際の姫路と劇団員(たぶん病院)
2.本番一週間前の稽古風景(稽古場)
3.原作「ドン・キホーテ」とその登場人物(作中、劇場)
→原作のストーリーと、上演されているお芝居という二つの捉え方。
4.演じる生身の俳優たちの本音。(シンクロナイズであり吉祥寺シアター)
5.そこから「イメージ」する人間以上の存在(神や宇宙)

というというシチュエーションが劇中劇として多重に存在する構造。
(と作家は目論んだ。)

実際セルバンテスも「劇中劇」構造を取り入れている。
(小説の場合「作中作」と言うらしい。)
作り話であることを意図的に読者に提示し、虚構と現実の問題を提示する。
読者にフィクションを読んでいるという事実を意識させることで、
逆に妄想や虚構の世界に現実味を帯びさせるのだ。
(メタフィクションと言うらしいが、この説明やめます。)

言葉で説明すると、解りづらい。
うまくいったかしらん。
混乱を招くので稽古でも皆に説明しなかった。
結局、ブレヒト…頭で考えずにやってみよう!
の精神で。

ついては、意図した作家の劇作に、演出者はついて行けなかったんじゃないか。
自戒も含めて反省文的文章。

久次米 健太郎