世田谷区民演劇「三人姉妹」此以仕舞。

演出家のお仕事は、観客目線、観客の代弁者。
だから、
舞台稽古が終われば(初日が開けばの説もある)任務終了。

舞台と舞台裏は舞台監督に任せる。
表は、制作者に任せる。
あとは観客に委ねる。

結局は千穐楽当日まで、駄目出しをしたり、
公演終了に総括をしたり、
打ち上げで挨拶したり、
と余計な任務を仰せ付かる。

が、本当はそんな力、まったくもって残っていない。
カッコよく言えば、上演までに心血をそそぎ、客席で審決を待つ身。
精神的に重労働で、100%以上の力を使い切っている。
いつもそうだ。
もう余力は残っていないし、正直それ以上のことを演出家として望んでいない。
シンクロナイズの本公演でもそうだが、
打ち上げでは疲れ果てて眠っているか、不機嫌かのどちらかである。

今回、世田谷区民上演グループの演出を引き受け、
舞台監督の横溝、演出助手の水谷・早川との間での決め事。
それは、絶対に怪我人を出さないこと。
いい作品を創ること、スタッフとして気に入られる事よりも、
それを第一に組み立てること。

長年の経験から、怪我をしない方法を出演者に伝えた。
・備えること。
・稽古と違うことをやらないこと。
・相手を信じること。(そうすれば必ず相手が助けてくれる。)
※これら、実生活でもそうだ。

そのための、準備は怠らなかった。と思う。
結果的に、怪我人もなく(内蔵はともかく)無事終えることができた。
が、はたして出演者はそのことを十分理解してくれただろうか。
わからない。

短い稽古期間、稽古日数では、
言葉で理解できても、身体がそうは反応しない。
仕方ない。

千穐楽。
備えたつもりで備えてない。
無意識だろうが、稽古と違うことをやる。
相手を信じれない。だから助けることもできない。

事故に繋がらなかった事を良しとするのか。
答えは出ない。

重要なことをそっちのけで、
不平、不満、うんざりだ。
他人事のような言動、情けない。
言い訳、聞きたくない。
自己卑下、許されない。
しんどい、そんなの当たり前。

お芝居は、そこからの脱出のためにやるのだ。
日常では絶対に出来ないことを望んでやるのだ。
「お芝居だとおもえば、なんでもできる」
これが、お芝居だ。

そのことを少しでもわかってもらえたならば、
そのことを理解しようと思ってもらえるなら、
是非お芝居を続けて欲しいと思う。
演出家が変わってもこのことは変わらない。

わたしの役目はこれにて、
お、しまい。