シンクロナイズ・プロデュース ヒストリー4

今回の顔合わせは、いつもと違うあいさつが聞こえます。
「おはようございます~」に混じって「おかえりなさ~い」。

今回、シンクロナイズ・プロデュース設立メンバーだったかなちゃん(女優の井上加奈子さん)が、数年ぶりに舞台に「おかえりなさ~い」します。
傍らに、その手を握りしめるもうひとつのちっちゃなおててが。つぶらな瞳で「オカアチャン!」

演出家は出演者全員に一言脅し。
「全員でお育てするように。おちびが泣いたら芝居がおもろないってことやからなっ!」
稽古が始まると、そのおちびはどんな大人よりも稽古を楽しんでいて、さすが親の血やなぁ
「三つ子の魂百まで」あーあ、えらい所に連れて来てしもたね。

さてさて、16年前。
順風満帆でスタートしたかに見えたシンクロナイズ・プロデュースは、直ぐに困難に直面します。
第3回公演の稽古中、初期メンバーが一気にやめるということになりました。
それは、存続の危機でした。
理想と現実の間には「お金」という巨大な壁が立ちはだかっていたのです。

残ったメンバーは、代表の久次米、制作の土屋さん、照明家の芦辺さん、女優の井上と私(水谷)の5名。
スタジオ公演をできるようにと、それなりのお金をかけて稽古場を改装しました。
また、次回公演に押さえていた劇場のキャンセル料金がかかります。
その上、毎月の稽古場家賃。東京に来たばかりで仕事もなく、バイトできる時間も芝居で限られていて、絶体絶命のピンチでした。

青ざめた顔で私たちは話し合いを持ちました。
「稽古場改装費の返済と劇場費の返済、そして稽古場の家賃…家の家賃もあるのに…これじゃあ芝居がやりたくても出来ない。
折角改装までしたけれど、稽古場を手放せば少なくとも毎月の家賃はなくなるよね…」
話し合いでは、ほぼ9割方「続けるのは無理」という結論でした。
私は泣きながらこれからの人生を想像しました。
天から降って湧いたような稽古場を手放す?じゃあいったい何のために与えられたの?
芝居も出来ないのに返済だけが残るの?これこそ本末転倒じゃないの?
ああ、空しい空しい空しい。苦しくても芝居さえ続ければ、稽古場だって生きるじゃないか!
「死ぬ気で働いて、そして死ぬ気で芝居を続けるしか、それしか希望の道はない」
そう5人で決断して、未知の道を歩き始めたのでした。

そうして、やっとの思いで立ち上がり、必死にもがき、すがるようにして作った作品が、
1998年7月
シンクロナイズ・プロデュース第3回アトリエプレヴュー「empty」
構成・演出:久次米健太郎
出演:井上加奈子 水谷純子

演出家と役者2名、たった3人の稽古場はまるで深い海の底。empty_019
外界から隔たれた空間で、孤独と戦いながら行なわれた稽古は、
一言一句、一挙手一投足に駄目を出され、心の奥底までえぐられ、打ちのめされ、それでも立ち上がる、そんな命がけの稽古。
やっと、やりたかった「本当の稽古」がこんな状況で叶うとは。
凝縮されたその稽古で、作品に現れてきたものはなんと「におい」でした。
真夏のにおい、砂地の匂い、アスファルトの匂い、古いアパートの匂い、万年床の匂い…アジサイの匂い…
「empty(空っぽ)」の中に存在した目に見えない何かは、2人の登場人物が生きている匂いそのものでした。

上演間近になり、関西からはるばる舞台監督の青柳君と音響の宮田君が助っ人でやってきてくれました。
力強いこの2人、巨大なノッポと痩せのノッポ、共に大食らい。
かなちゃんと私は相談し、今できる最大のおもてなし、「そうだ!素麺茹でよう!」
「素麺やったら木箱であるわ!足りるかな~?」そういって茹でた素麺はバケツいっぱい。
「おお、うまいうまい」
と最初は急ピッチ食べてくれていたものの、バケツの中の素麺も急ピッチでどんどんふやけて、ちっとも減らない。
味を変えたら食べれるで~!とパスタソースの明太子味、ペペロンチーノ味、ポン酢味…
これはいける!これはまずい!と言いながら笑いで腹を満たす超ボンビーたち。

empty_005舞台装置は客席と舞台を隔てる一枚の薄い紗幕のみ。
空っぽの舞台。
上演前には強烈な雷鳴。まるでこれからの嵐の幕開けを告げるような大音量に身震いし。
そして、静かに静かに「empty」の舞台は、稽古場でひっそりと上演されたのでした。
観客の数はスタッフの数と同じ、たった5名。
がらんどうの客席に向かって精一杯演じた、これがシンクロナイズ・プロデュースの本当のはじまりでした。

つづく
水谷 純子