牟田君の公演イラスト集

俳優、牟田圭吾のもう一つの才能。
公演の手書きイラストを作成し、
大入り袋に挿入し届けてくれました。
ご紹介します。

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牟田ブログ
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牟田Facebook
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牟田君、いつもありがとう。

「俳優のためのワークショップ」全日程終了。

ジャン・サスポータス「俳優のためのワークショップ」は
昨日、全日程終了しました。
参加者の皆様お疲れ様でした。

また、今回参加できなかった皆様、選考されなかった皆様、
ごめんなさい。

八月にまたジャンさんは来日しますが、ご自身のダンスで多忙だそうで、
来年また企画したいと考えています。

15周年 特別企画 ジャン・サスポータス「俳優のためのワークショップ2012」

 

※こちらのワークショップは、定員を超えたため、締め切らせていただきました。

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団でゲストダンサーとして活躍する
ジャン・サスポータス氏による「俳優のためのワークショップ」開講!

俳優としての立ち方
空間と距離
動きのマチエール
の基本を体得する絶好のチャンスです!

 ※ご注意
このワークショップは、「俳優のため」のワークショップです。
舞踊・ダンサーを志す方は、主旨が異なりますのでご遠慮ください。

【概要】

○日程
5/12(土)13:00-16:00
5/19(土)13:00-16:00
5/26(土)13:00-16:00

○場所
シンクロナイズスタジオ
川崎市高津区二子2-15-38若林ハイツB1 →MAP

○受講料
1回 3,000円(3回 9,000円)
定員 15名
※1回でも受講できますが、申し込み多数の場合は連続して受講できる方を優先します。

○対象者
俳優もしくは俳優を目指す方
健康な方
年齢、プロアマ問いません。

 

ワークショップ『半年がかりの芝居づくり 2012』

演劇ワークショップ

Synchronize Theater Lab
『半年がかりの芝居づくり2012』


2012年2月12日 START!

A.概要はココをクリック

B.申込用紙はココをクリック

実践(演技・舞台技術・稽古・上演)を通して、
お芝居をつくる過程を半年がかりで体現できるLabです!

【Labの4つのカリキュラム】

Ⅰ.身体基礎訓練 俳優にとって不可欠な、「開合」「調息」「姿勢」「ヒップジョイント(股関節)」の
4つの訓練を中心に個性を豊かな楽器(身体)づくりを行います。
Ⅱ.劇表現 お芝居の表現は自由です。
様々なジャンル、スタイルから、自由な「詩を生む身体」を創造します。
Ⅲ.芝居づくり 芝居づくりは、俳優だけでなく、書き手、演出家、裏方も必要となります。
チームに分かれて実践的な作品づくりを実施します。
Ⅳ.公開試演 最終日に、シンクロナイズ・スタジオにて作品上演(公開試演)を実施します。

【日程】
2012年2月12日(日)~6月23日(土)・24日(日) 計21回
毎週日曜日(14:00~18:00)
※最終週は6月23日(土)・24日(日)と二日続けて実施します。
※6月24日(日)はシンクロナイズ・スタジオにて上演(公開試演)も実施します。

【定員】
20名
※2012年2月5日締め切り(定員になり次第締め切りとさせていただきます。)

【対象者】
高校生以上、経験不問。プロ・アマを問いません。作家・演出家・スタッフ希望でもかまいません。
ただし、お芝居づくりに興味がある方、健康な方に限ります。
※お芝居づくり(実践)が主旨ですので見学希望も有料となります。

【料金】
■全日程コース(21,000円 / 全21回 @1,000円) ※初回一括払いとなります。
■トライアルコース(4,800円 / 1ヶ月 @1,200円) ※月頭にお支払いとなります。
■スポットコース(1,500円 / 1レッスン) ※毎回当日のお支払いとなります。
■学生・見学者(どのコースも500円 / 1レッスン)※高校生・大学生・専門学校生・見学者が対象です。

【コーディネーター・トレーナー】
久次米健太郎(シンクロナイズ代表・演出家)
水谷純子(俳優)
その他

【稽古場】
シンクロナイズスタジオ
213-0002 川崎市高津区二子2-15-38若林ハイツB1
東急田園都市線「二子新地駅」西口改札より徒歩4〜5分。

MAP

【申込方法】※2012年2月5日締め切り・必着
■2012年2月5日(日)締め切り・必着(全日程コース優先、定員20名になり次第締め切り)
バストアップ写真を添付し、メール・郵送・FAXのいずれかにてお申し込みください。
メールにて申込みの場合は、
1.氏名 2.所属 3.住所 4.生年月日 5.電話番号・携帯番号 6.メールアドレス・携帯アドレス
7.経歴 8.特技 9.応募動機・学びたいこと 10.希望コース 11.現時点の不参加日
をお知らせください。

【PDF書式

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近況報告

久々の投稿となりました、久次米です。

忙しさにかまけて、思い通りに事が進みません。
予定していたワークショップも延期となってしまいました。

9月〜10月は、東京都の高校演劇地区大会の審査員。
本年度は中央地区を担当させていただきました。
毎年、高校生の上演を非常に興味深く拝見させていただいております。

11月に入って、東京都大会(中央発表会)。
こちらは、審査員ではなく、いち観客として。

以下、中央地区からの推薦校

○村田女子高校「本年度の夏期休暇期間は短縮されました。」

東京都教育委員会賞 関東大会(甲府会場)へ推薦。
榊原記念創作脚本上演賞

凛々しい乙女たち、おめでとう!

個性豊かな女優陣が、活き活きとその「場」を生きた、素敵な舞台でした。
「文学性が乏しいねえ〜」って言ってゴメンね。
けれど誰にも真似できない「貴方たちらしさ」と「エネルギー」は
中央大会でも観客の心を掴んでいたと思います。
文学性が乏しくたって私はこの作品、好きです。


○都立新宿高校「ひたすら、国道6号線。」

東京都高校演劇研究会賞、創作脚本賞:高木優希

高木優希くん、そして新宿高校の皆さん、おめでとう!

高校生活の「理想(妄想)」と「現実」。そして現代の私たちの抱える問題を
高木くんなりの視点(答えもなく解決策もないが見出そうとする気持ち)で
「劇的」に仕上げていたと思います。
背伸びした感はあったけど、部員たちそして顧問の先生に恵まれて
刺激的な作品になっていたと思います。見応えは充分。

この二作品、毛色も訴求性も全く違うものでしたが、
だからこそ演劇って面白いんだなと思わせてくれた二作品でした。

補足ではありますが、
一昨年審査させていただいた城東地区、
○都立足立高校「恋愛妄想 ダメ、ぜったい!」
拝見し、相変わらずバカやってるなと思いつつも、
男性陣の健在ぶり(成長ぶり)にはある種の感動を覚えました。

 

そんなこんなで、本業、シンクロナイズの会場下見などを終えて、
秋は過ぎ去ってしまいました。
現在、来年2月からワークショップを実施しようとカリキュラムを練っております。

また、来年の公演は少し違った企画を現在進行中です。
夏あたりになるでしょうか。

近況報告でした。

久次米健太郎

愚鈍起承転浪漫譚「イラスト」

牟田圭吾の愛のイラスト。

 

いつもありがとう。

愚鈍起承転浪漫譚「劇中劇」

「劇中劇」の説明、ちょっと小難しい…
ともかく順序立てて。

舞台と客席の間には透明な壁(第四の壁)がある。
「演劇内の世界」と「観客のいる現実世界」との境界。
通常、観客はこの「第四の壁」の存在を意識することなく受け入れ、
「これはお芝居なのだ」という約束事を前提として、
催眠術にかかったように舞台を(ドラマティックに)観る。
たぶん、観客の多くはこう捉えている(捉えたい)のだ。

ドイツの劇作家・演出家、ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht 1898-1956年)は、
この「第四の壁」を意図的にぶち壊すことを目論んだ先駆者だ。
物語や役への感情移入を故意に拒む。
出来事を客観的・複眼的に見ることを観客に促し、
あたりまえだと思っていたものに違和感を起こさせることによって、
新しい見方・考え方、物事の本質に迫らせようとした。
これを「異化(効果)」と呼ぶ。らしい。
※学生時代に勉強はしたが、難解すぎる、方向性が違う、と逃げてきた。客席(観客)と対峙すること恐ろしいから。

例えばこういうこと…
登場人物が観客に呼びかける。
客席に登場人物が現れる。
登場人物が演技をやめて生身の役者としての立場をとる。
演じ手が自らの実情や内情を語り出す。
小道具を舞台上で裏方から受け取る。
観客の前で衣裳を着替える。
セリフを字幕・プラカード・歌に置き換える。
※今回ほとんど演出に使ったブレヒト手法。

つまり、
物語にドップリ浸かろうとする観客の意識を立ち止まらせ、
我が身の事だと実感させる。
悪く言えば「興醒め・シラケ」
丸く言えば「観客参加型」
要は「役者野ざらし」。

劇中劇もある意味「異化効果」である。
※ブレヒト劇では「ブレヒト幕」と呼ばれる劇中劇用の引き幕が多く使われる。物干し用の紐や竿に掛けたシーツような幕。

さて、本題。
【劇中劇(げきちゅうげき)】[play within a play]
芝居の中でもう一つの芝居を演じること。
ブレヒトの劇中劇は、
「虚構(偽り・立前)」と「現実(真実・本音)」の
狭間を観客に行ったり来たりさせること(時代や時間軸の混乱)で、
錯覚させたり思考をストップさせたりすることが目的の一つである。

今回の場合、
1.死ぬ間際の姫路と劇団員(たぶん病院)
2.本番一週間前の稽古風景(稽古場)
3.原作「ドン・キホーテ」とその登場人物(作中、劇場)
→原作のストーリーと、上演されているお芝居という二つの捉え方。
4.演じる生身の俳優たちの本音。(シンクロナイズであり吉祥寺シアター)
5.そこから「イメージ」する人間以上の存在(神や宇宙)

というというシチュエーションが劇中劇として多重に存在する構造。
(と作家は目論んだ。)

実際セルバンテスも「劇中劇」構造を取り入れている。
(小説の場合「作中作」と言うらしい。)
作り話であることを意図的に読者に提示し、虚構と現実の問題を提示する。
読者にフィクションを読んでいるという事実を意識させることで、
逆に妄想や虚構の世界に現実味を帯びさせるのだ。
(メタフィクションと言うらしいが、この説明やめます。)

言葉で説明すると、解りづらい。
うまくいったかしらん。
混乱を招くので稽古でも皆に説明しなかった。
結局、ブレヒト…頭で考えずにやってみよう!
の精神で。

ついては、意図した作家の劇作に、演出者はついて行けなかったんじゃないか。
自戒も含めて反省文的文章。

久次米 健太郎

愚鈍起承転浪漫譚「タイトル」

ご承知の通り、
原題は「Don Quijote de La Mancha(ドン・キショーテ・デ・ラ・マンチャ)」
その捩りの類である。要は言葉遊び。

【Don ドン】
「首領」は悪趣味極まりない。
「貪」は「貧」に間違われかねない。
「鈍」しかあるまい。頭には「愚」を配置した。

「愚」…(グ、おる)ぼける。愚かになる。心を奪われる。
「鈍」…(ドン、おそい)心の働きがおそいこと。時機を逸すること。
「愚鈍」とは、心を奪われるが、機を失するさま。

【Quijote(Quixote) キショーテ(キホーテ)】
「ホーテ」よりも「ショーテ」の方が性(ショー)に合う。
結末が見えない事は、いつもながらに予測できたから、「起承転(キショウテン)」とした。
語呂とリズムが心地よかった。

【de デ】
〜出身、の意味らしい。前置詞なのでこれは無視。
日本語の合わせなら、「起承転で…」の省略といいように解釈してもらえれば。

【La Mancha ラ・マンチャ】
スペインの地名。カスティーリャ・ラ・マンチャ[Castilla La Mancha]
「乾いた土地」の意味。
「愛人(L’Amant)」ではゲスな感じがする。
「ルマン(Le Mans)」はフランスの24時間耐久レースの開催地。混乱を招く。
「浪漫(Roman)」…理想的に物事をとらえ、夢への強いあこがれをもつこと。
そんな話にしたい、の願いから。ロマンは仏語。ロマンス・ロマンチック。

当初「浪漫抄(ろまんしょう)」としたかった。
が、「智恵子抄」や多田裕計の「浪漫抄」など
日本的なにおいがプンプンするのでやめた。

「譚」…(たん)物語を語る。話す。
ふかく・大きい(ゆるやかでふかみのある様子)の意味。
奇譚(珍しい話。不思議な物語)、譚詩曲(いわゆるバラード)
の構想だったし、「ゆるやかでふかみのある様子」というのが気に入った。

「愚鈍起承転浪漫譚」(ぐどん・きしょうてん・ろまん・たん)
(心を奪われるが機を失する男の結末はないけれど夢への強いあこがれを持つゆるやかでふかみのある物語。)

大満足のタイトルである。

久次米健太郎

※前編の正式な原題は、El ingenioso hidalgo Don Quijote de La Mancha(英知あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)。後編は、Segunda parte del ingenioso caballero Don Quijote de La Mancha(英知あふれる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ 第二部)

愚鈍起承転浪漫譚「ムーヴメント」と「モチーフ」

「ムーヴメント」とシンクロナイズでは総称して言う。
場面の核となる動きだったり、絵だったり、ミザンス(バランス)だったりを、
稽古の始まりにデザインする「モチーフ」の集合体。
自分の発想を試しつつ、俳優たちに作品の方向性を示すイメージづくりの最初である。


今回は「風車」と「巨人(化け物)」から始めた。
ドン・キショーテといえばコレ、基本である。

「風車」の動きのモチーフは役者が発明したものだ。
私は立ち位置とリズムとタイミングを的確に判断すればいいのだ。

演出者の仕事は、やりたいことをはっきりと言うこと。
「風を起こしたい」「坂道を登りたい」
と、意志を明確に伝えればいいのである。
あとは役者ならびにスタッフが実現する。


「渋面の男が、騎士道物語を本を読み耽っている。一人ポツンと漂流しているかのように。」

台本にそう書かれている。
「漂流」に引っ掛かる。あらゆる手を使って何度も試す。
結局、ドン・キショーテの心が漂流しているんだと気付き、
早川の演技にお任せするのが得策だと気付く。
モチーフづくりは「ありなし」「善し悪し」の判断がつくのだ。

 

「彼の一挙手一投足が世界観を多重に構築し、呼吸を始める。」

ならば原作のドレの絵のようなモチーフをつくりたいと考えた。
役者は原作の絵を観察し、鏡に向かい、立体化していく。
「モチーフ」とは、テキストを立体化し、
二次元の世界を三次元に組み立てる作業なのだ。

このような工程を延々と何度も何度も繰り返し繰り返す。


「馬は馬に見えなくてもいい。」

が、馬であることにこだわりたい。
乗馬もしたい。
嘶きも足音も必要だ。
試行錯誤の結果、
人間味のある「馬」がこの作品に必要だということが判る。
ドン・キショーテやサンチョと対等に肩を並べる主役級の馬。
張の遊び心と馬に対する愛情に託した。満足だった。
「モチーフ」によりテキストレジも見えてくる。


「手製の鎧甲、槍と盾」

これも役者がさまざまなガラクタを持ち寄った。
同志であり親友の牟田圭吾君が稽古場見学に現れて、
缶ビールの鎧を設計してくれた。
彼のアイデアと試作品はお見事だった。
バケツ、物干し竿、自転車リーム、デッキブラシなど、
発想が芝居を豊かに積み上げた。


このような「モチーフ」が、
連結し、相乗し、紡がれ、「ムーヴメント」となり芝居の主題となる。

「ムーヴメント」とは、飛んだり跳ねたりのダンスではなく、
連鎖し運動する「表現」のことなのだ。

オープニングムーヴメントは、こうやって創られた。

久次米健太郎

愚鈍起承転浪漫譚「音楽」

アンケート等に質問が多いので、
『愚鈍起承転浪漫譚』の音楽について私はこう考え、こう演出した。
ということを書かなければなるまい。

今回も作曲家・ギタリストの東城裕之さんに作品のオリジナル曲を依頼し、
作曲・アレンジしていただいた。

並行して、
私は演出という立場から音楽を模索した。
現代のドン・キショーテだから、
スペイン楽曲にこだわることもないだろうと、
高を括ってプランを練りだした。

ドン・キショーテと言えば、
R.シュトラウス(Richard Georg Strauss)の交響詩『Don Quixote』〜大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲〜を避けては通れぬ。
が、芝居のバックグラウンドとしてはチェロとビオラが語りすぎて、役者のセリフと喧嘩する。
部分的に使用するしかあるまい。

ドン・キショーテの神経的で起伏の激しい様相から、
G.マーラー(Gustav Mahler)だなと直感的に思いをめぐらし、ワークショップから役者には内緒で密かに試した。
セリフと音楽が寄り添い、感情が豊かに調和した。

こうなると、血が騒ぎ、無謀が始まる。
マーラー第五番第四楽章(アダージェット)を
歌にできないか。
ドン・キショーテの猛烈な愛と憐れな心情を内包する
コラールかレクイエムを挿入したい。

歌詞を作成して、東城さんに相談した。
複雑な和音でアレンジも苦戦。役者は音がとれない。
語呂が合わない歌詞にブレスができない。
弦楽でるあるから音域が広すぎて乱れまくる。
上手くなくても、祈りと力強ささえあればそれでいいんだ。
役者には音程よりも息とエネルギーを要求した。
繰り返し何度も、キー、テンポ、バランスを東城さんに調整していただいた。

マーラーの美的で狂乱の和音と呼吸が、
作品全体のリズムを構成してくれる。
それが判って、作品がつくりやすくなった。

ドン・キショーテの旅の始まりは、
ショスタコーヴィチ(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich)交響曲第5番ニ短調「革命」第四楽章と最初から決めていた。
これに関しては、台本に唯一指定した音楽だ。
が、どのバージョンも(カラヤン・バーンスタイン・ペトレンコ・ロストロポーヴィチ・佐渡裕など)情緒的でムーヴメントに適さない。
小澤版でやりたかったが、息が高度で動きに向かない。
やっと見つけたのが、
ベルリン交響楽団(ザンデルリンク指揮)版。
今まで聞いた中で一番速く、スタッカートの効いた小刻みでインテンポな「革命」だった。
本編の冒頭をエモーショナルに彩どった。

ロシア音楽に手を付けてしまったので、逆に怖いものがなくなった。
ハチャトゥリアン(Aram Il’ich Khachaturian)
ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovitch Stravinsky)
後半は、P.チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky)の叙情的で流麗な旋律が、
作品を効果的に導いた。

俳優陣には迷惑をかけた。
管弦楽に言葉が圧倒される。
自分の生理とは違うところで音楽に寄り添ったり反発したりしなければならない。

このあたりは、音響の宮田充規にいつもながらお任せ。
ダイナミックで、かつ繊細なオペレーションをしてもらい、そのおかげでセリフと音楽がみごとに融合してくれた。

今回、人生で一番クラシックを聴いた。楽譜も調達した。
もともと好きではあったが、芝居と共通することがあらためて認識できた。
アンサンブル、立体的構造、そしてなによりも呼吸。
管弦楽は、よく耳を澄ますと指揮者の呼吸が聞こえる。
ライヴ収録なら観客の呼吸も録音されている。
澄んだ音よりも、呼吸の強い指揮者の録音が心に響いた。
演じる方も観る方も無意識に呼吸を感じるはずだからあえてそれを選んだ。
音楽も芝居も呼吸である。
そのこだわりはいつも変わらない。

そんなわけ。
いつもながら、身勝手、気まま、我がまま、な音楽演出である。

久次米健太郎