シンクロナイズ スタジオ終了のお知らせ

シンクロナイズスタジオは、「シンクロナイズ・プロデュース」のアトリエとして
1997年5月に完成しました。
演劇、舞踊、映像、音楽、写真など、さまざまな創造活動をサポートする場所として
多くの皆様に活用いただきました。

20年が経ち、ひとつの役目を果たしたということで
スタジオを閉鎖することとなりました。

皆様には当スタジオを愛していただき本当にありがとうございました。
また、いずれ、どこかで、
創造活動を再開することがありましたら
新しい器(空間)が与えられることでしょう。

ラネーフスカヤ ああ、わたしの大切な、やさしい、すばらしい場所!…わたしの人生、青春、幸せ、さようなら!…さようなら…

アーニャ さようなら、わたしのお家! さようなら、昔の暮らし!
トロフィーモフ いざ、新生活へ!

代表
久次米健太郎

やりたいことをやる

「やりたい人がやりたい事をやりたい人とやりたい様にやる。」

私の恩師の教えです。

ずっとそうやってきました。

シンクロナイズの原点です。

だからやりたい時期が来ればやる。

それだけです。

くじめ

シンクロナイズ・プロデュース ヒストリー 8

これまでのシンクロナイズ・プロデュースの今頃のルーティンスケジュールでは…
来年の劇場をもうすでに押さえてあって、
スタッフのスケジュールも確保して、
公演の企画書のラフ案も出来ていて、
オーディション情報をそろそろ準備して、
といった諸々がすでにスタートしていました。

私自身も、今頃に来年の舞台のスケジュールが決まっていないという体験は25年の役者人生で初めてです。
なんだかタンポポの綿毛のように、風に乗った気分とでもいいましょうか。気持ちの良いもんですね。

さてさて、6年前。
「オリジナル創作しばらくやめる」といって久次米さんが企画書をあげてきたのが「次への回路」シリーズ。
回路とは、エネルギー・物質などが出て、再び元の場所に戻るまでの道筋のこと。
文学作品を紐解き解体し演劇にするという創作スタイルは、今までと全く違うアプローチでした。

2008年
シンクロナイズ・プロデュース次への回路#1
『夏の路地』

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久次米さんの大学時代の恩師であり、非常に影響も受けた芥川賞作家である中上健次原作の「岬」「枯木灘」を礎に作った作品。
閉鎖された土地を舞台に繰り広げられる血族と骨肉を描いた逃げ場のない作品で「ほんまにこんな作品するの!」と役者全員苦しみ身を切られるような思いをしながら、小説を深く読み込み、台詞を起こし、シーンの抜粋などをして、ひとつひとつ丁寧に作った作品でした。
上演時間も休憩を挟む2時間を超える長編で、あまりに複雑な人間関係に休憩中お客様がパンフレットの相関図と睨めっこ、観終わった後はグッタリ。
今までのシンクロナイズ・プロデュースとは全く違う衝撃的な作品でした。
「血」を描いた作品だった為に、自分の出生や生い立ちを深く考えさせられました。
『夏の路地』はシンクロが最後にベニサンピットで上演した思い出深い作品となり、翌年ベニサンピットは取り壊されました。


2009年
シンクロナイズ・プロデュース次ヘの回路#3
『異邦人~エトランジェ~』

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アルベール・カミュの「異邦人」を礎に舞台化。不条理で難解といわれる作品です。
小説として読むと非常に自分とは遠い人間に、あまり共感できない人間のように感じるの人も多いと思うのですが、
主人公のムルソーは、いたって普通に隣に存在している人間だということがよくわかります。
そして自分自身の中にも「生きることは死ぬことと同じ」と熱くもなく寒くもなく日々を過ごしてるムルソーがいることにやがて気づきます。
しかしムルソーの「この世のやさしい無関心に心をひらいた」という最後の台詞、ワタクシ大好きです。
本当に死ぬとき彼は初めて生きたいという本心に気付いたからです。
この頃から、シンクロナイズ・プロデュースの舞台はまるで絵画のように美しいと評されることがちらほら。抽象舞台なのにです。
古典離れ文学離れしている昨今、良い作品にはやはり力があるし、美しいということが背景にあったかったからだと思います。


2011年
シンクロナイズ・プロデュース次ヘの回路#5
『愚鈍起承転浪漫譚(ぐどんきしょうてんろまんたん)』

 

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セルバンテスの「ドン・キホーテ」前編後編からなるものすごくぶ厚い古典を題材に久次米が現代版にアレンジしました。
ドン・キホーテは世界で聖書の次に多くの人に読まれている小説だと言われていて挑戦するにはとても勇気のいる作品なのですが、実はドン・キホーテの作品に決定したのは、3.11の後でした。
今回の吉祥寺シアターでは久しぶりに久次米さんが書き下ろす作品をする予定にしており、その題名も既に決まっていました。
それが「地球と爆弾」。
そんな題名をつけていた矢先に震災と原発事故が起こり、「現実が虚構を超えてしまった、これじゃあ芝居が作れない」と急遽作品を変更することになりました。
そして選んだのが妄想の中、愛と希望と夢を追い続ける遍歴の騎士ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ。
『どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。救いのない運命というものはない。災難に合わせて、必ず一方の扉を開けて、救いの道を残している。』と言ったドン・キホーテの言葉を借りて、これから始まるであろう困難な時代に、どこまでも「愛」で立ち向かっていく覚悟を舞台に込めた作品になりました。

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その他にも「焼け跡のイエス」「タニンノカオ」「カルメン」といった作品では今までとは違うアプローチで作品づくりに取り組みました。
これらの、次への回路で上演した作品たちは、本質をどのような表現スタイルで舞台化すれば面白いかを考えながら作った作品ばかりで、とても面白い試みとなりました。


そして今回の最終公演。
2014年
シンクロナイズ・プロデュース第28回(最終)公演
『同級生たち』

回路を辿り終えて再び元の場所に戻ってのシンクロナイズ・プロデュース最後の書き下ろし作品。

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公演にかけた思いは、毎日の稽古場日記で皆様にはお伝え出来たと思っています。


その「上演」が終わり、決算と片付けをして「公演」が終わり、そして今、18年間の稽古場の片付けをしています。
セリフにありましたが、ワタクシ、「片付けの途中で昔の手紙とか読み出して片付かないタイプ」ではないので、全部の全部捨ててます、ポポイのポイ。
まず、18年間の公演資料その他綺麗にズラッとファイリングしていたもの全部、衣装全部、大道具小道具全部、材料塗料その他全部、ドアや床や壁も全部!本気で全部捨てています。
各方面の劇団さんや演劇関係者が引き取りに来てくださっています。
この物たちがまた別の場所でいのちを吹き込まれ舞台に生かされることを本当に嬉しく思います。

そして最後に残るのは…「The Empty Spase」…何もない空間。
何もない空間に、何かが生まれる秘訣、それは、「言葉」です。
無から有を生み出す力は「言葉」です。そして、その言葉を「信じる」。と「力」になります。


設立当初から、
『シンクロナイズ・プロデュースは、 さまざまなジャンルのクリエーターたちが手を結び、その融合から新たな作品創造を展開していくことを目的に、1997年4月に結成した企画集団で、演劇を基軸にジャンルを超えた企画をプロデュースし、既成の形式にとらわれない作品創造に取り組みます』と紹介してきました。
この言葉ともお別れです。

私の演劇の先生は「演劇は再生復活の芸術だ」と教えてくれました。
何度でもやりなおしがきくごっこ遊びが原点です。
最終公演の稽古場では最年少の仲間が3歳の子供でした。
遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえ こそ動がるれ。(梁塵秘抄)
お芝居だって、人生だって、何度でもやり直しがきく!

最後に皆様、本当にこれまでシンクロナイズ・プロデュースの作品を観に劇場に足を御運び下さいましてありがとうございました。
至福の時間でした。至福の18年間でした。心から感謝します。

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シンクロナイズ・プロデュース
水谷 純子

シンクロナイズ・プロデュース ヒストリー7

稽古場日誌を書いているうちに、
ヒストリーいつ書くのん?と思っているうちに
あらら、最終公演が終わってしまいました。

皆様、ご来場頂きまして、本当に本当にありがとうございました。

お客様おひとりおひとりから沢山のお言葉を頂戴して、心からやってよかったと感動しています。
演る(やる)側の思い、観る側の思いが、ひっついたり、はなれたり、共感共鳴し、響きあってこその劇空間ですね!
今回の作品は、この20年間を凝縮して詰め込んだような作品になりました。
良しも悪しも、上手も下手も、美も醜も、表も裏も、全部ひっくるめて舞台にぶちまけたからこその、未来の明暗が描かれたのだと思います。
(そんな大層だったか?)

ヒストリーもうちょっと書きます、書かせて下さい。

さてさて、8年前。
ベニサン・ピットでの上演を再び許されての公演3連チャン。

2006年2月シンクロナイズ・プロデュース第16回公演『最初で最後の晩餐』

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今気付いたのですが、この作品、上演当時から20年前の高校時代を振り返る作品でした。
シンクロナイズ・プロデュースは今回といい…結構振り返ってますなぁ。


supper_08185年はバブル真っ最中、タイガース日本一、その20年後は、勝ち組負け組み、地震、テロ、偽装偽造、タイガーズ惨敗…ふと見渡せば360度、虚無感に覆われ始めていました。
そんな時代を投影したノスタルジックな作品。
私は役作りのため美容室で80年代アイドル年鑑を片手に「聖子ちゃんカットではなく明菜ちゃんカットにしてください」と恥ずかしいお願いをしたのも、今はいい思い出。


2007年1月シンクロナイズ・プロデュース第18回公演『生まれし君に、伝えたかったこと』
born_084 離別した両親の元で別々に育った兄弟が再び出会う家族の話。
父に育てられた娘、母に育てられた息子、周りを取り巻く人々が其々の場所で生きている様を優しく描くヒューマンドラマ。


余談ですが、シンクロナイズ・プロデュースの作品群の特徴に「ムーブメント」というものがありました。
2008年以降の次への回路シリーズにはパタッと登場しなくなりましたが、この「ムーブメント」、どんなものかといいますと、まるで映画のスローモーションのような動きで人々が交差する、「群像風景表現法」とでもいいましょうか。
訓練にはそれなりの大変さが伴い、あるプロのパントマイマーが観て「いったいどういう動きでしているの?あんなノスタルジックなスロー歩きを見た事がないよ」といわれたことも。
 born_105これはシンクロナイズ・プロデュースの発明の一つでした。
映画監督ジムジャームッシュの「パーマネントバケーション」オープニング、街の人々が行き交うシーンを動きの参考に して、初めて原型が登場したのは第3回公演「empty」。
そこから始まった「ムーブメント」は10年の月日をかけて徐々に進化を遂げ、久次米さんが「これ以上もこれ以下もない」と言って終止符を打った完成形が、この『生まれし君に、伝えたかったこと』のラストシーンでした。

2007年8月シンクロナイズ・プロデュース第19回公演『「おしっこ」僕のヒーロー探し』

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詩人の谷川俊太郎さんの詩「おしっこ」をモチーフにイメージを膨らませた作品。

「おしっこ」の詩はこちら

久次米が俊太郎さんに面と向かって「おしっこさせてください」と、他人様が聞いたらギョ!のお願いに「いいよ」と快諾を頂いての上演と相成りました。


初めて芸術文化振興基金を有り難く頂戴しての公演は、平和ボケ日本を批判した日本語をほとんどしゃべらない「外国語のような出鱈目語」で全編貫き通す、キワめて演劇的なキワモノ作品。
助成金使っていいのだろうか?
 oshikko_024主人公が日常を抜け出したいと漠然と思い、漠然と海外に行き、いろんな国をいきあたりばったりに漂流し、何も見つけないで漠然と日本に帰ってくるという、恐ろしく平和な作品。

作中ではいつまでたっても日本語を喋らないので、(もちろん字幕もない)お客様はは多大な想像力を働かせて観るしかないという大きな負担を強いる作品でした。
でも、日本人が海外に放り出されたら、そんな感じでしょ。
いまだに隠れ「おしっこ」ファンが多いのもこの作品の面白さを物語っています。


久次米は、実はこの頃から「ヒューマンドラマ」の作・演出に飽き飽きしていたと、私は分析しています。

そして、
2008年1月シンクロナイズ・プロデュース第20回(10周年記念)公演ピッコロシアター鑑賞劇場『約束』
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神戸の震災をモチーフに描いた久次米の代表作を、関西の故郷ピッコロシアターで再演することが出来ました。

ピッコロシアターのブログはこちら

この約束という作品、何もない空間(empty space)に細いシルバーの棒だけで空間を作っていきます。


このシンプルな空間で繰り広げられる映画のカット割りのような短いシーンの連続が、余計な背景を一切排除し、人と思いと記憶だけが闇の中から浮き彫りになる効果を生み出していています。
お客様から最も再演の希望を頂く作品ではありますが、役者にとっては最も再演したくない作品なのです。
なぜなら…棒の稽古が大変!めっちゃ大変!死ぬほど大変!と出演者全員が口を揃えて叫ぶほど大変だかです。
promise2_179絶対に失敗出来ないという重荷を各々背負わされ、その失敗を誰もフォローすることが出来ないという、絶体絶命の綱渡りを2時間架せられ、これ以上口では説明できません。
自分が演技をしている間だけが一番緊張しないホッとする時間だなんてこ と、ありえますか!?無理無茶難題を平気でやらせる鬼演出家め!

でも、そこまでして一切の妥協を許さなかった「約束」という作品は、シンクロナイズ・プロデュースの久次米作品の集大成としてひとつの区切りを付けました。


このあと、「創作しばらくやめる」宣言をした久次米さんは、原作を舞台化する試みに挑みます。
それが、シンクロナイズ・プロデュース「次への回路」シリーズでした。

つづく。

「同級生たち」養成所の心得

ご要望が多かったので、「同級生たち」の作中に出てくる養成所の心得を。

「養成所の心得(森瀬の十戒)」

1.どんな状況でも即興芝居には一度は乗っかるべし

2.言い訳は想像を絶するドラマチックな理由であること

3.「硬直」はお芝居の敵 、「緊張」はお芝居の友

4.辛いときこそ、笑え

5.「混乱と混沌」からお芝居は産まれる

6.お芝居は森羅万象(無限)だ

7.お芝居だって思えばなんだってできる

8.お芝居のやれる世の中に感謝しろ

9.何事も、結末には「オチ」をつけるべし

10.最後は、好きにしなさい

※作品に登場する「養成所の心得(森瀬の十戒)」はフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。

「同級生たち」 劇中歌

ご要望の多かった歌詞を。

劇中歌「 どん底 ~にんげーん~ 」

明けても暮れても
舞台は暗い
夜昼お客が
えええやー えやーれやーれ
前から見張る

見張れよ覗けよ
隠れはしない
袖には逃げても
えええやー えやーれやーれ
おいらは逃げぬ

舞台が終われど
明日は続く
明かりが切れても
幕が切れても
えやーれやーれ
命は切れね
希望(のぞみ)は
消えぬ

にんげーん

(『同級生たち』劇中劇「どん底」より)

お粗末さまで。

Vol.44 舞台裏

華やかな舞台。
その裏、すなわちバックステージには
小道具や衣裳などが、ところ狭しと準備されています。

私はコソッと、一人でバックステージツアーをやります。

へぇ、持ち道具(自分が使う小道具)など
ここにスタンバイしてるのか…
狭いなここ…
危ないなこれ…
よくやるね、こんな暗さで…

稽古場の稽古ではなかった
舞台袖の稽古を
劇場で覚えなければならないのだから
これ大変ですな。

と思いつつも、
「もっと早く出てこられないの!」
「ガタガタ音出すなよ!」
「袖からの声が小さいよ!」
「タイミングが違うよ!」
と要求のオンパレード。
前から見ていると、役者の苦労、苦心を忘れる私。
分かってはいるのだけれど…

お芝居って…手間、かかるよね。

3日目を終えて、前半が終了しました。
残すところあと三日。
ここからは夜昼夜昼と
怒濤の早さでステージ数は減っていきます。

あとは体力と怪我だけが心配。
頑張れ役者陣!

久次米 健太郎

Vol.43 最終稽古

汗流して
悩んで
苦しんで
泣いて
笑って

芝居づくりができたのは
一緒につくる仲間がいたから。
そして、つくる場所があったから。

稽古場があるから
芝居づくりがてきた。

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さようなら わたしの稽古場。
ありがとう。

牟田 圭吾

Vol.42 愛があるから

稽古場日誌も残すところあと1日。
つまり、稽古場で稽古ができるのはあと1日!?
時が経つのは早いものです。

夏の風物詩「蚊取り線香」も残すところあとわずか。
外では小さな秋を感じます。
0920


しかし、お芝居に飽きは禁物!慣れたお芝居はつまらないのです!
…演出家の言葉パクらせてもらいました。

でも皆さん、慣れより疲れがきてるのか…
今日の通し稽古でも、皆ヘトヘト。
軋む身体、滴る汗、迫る眠気、演出家の怒声。
壊れそうになるガラスのハートを支えるのは…

「お芝居への愛」

お芝居は愛です!
…また、演出家の言葉をパクらせてもらいました。

愛があるからお芝居ができる。
お芝居は、たくさんの愛に支えられてるんだと思います。

さぁ、あと数日で本番です。
至らない?間に合わない?出来ない?
それ禁句です。
役者は弱音を吐かないのです。

弱音を吐かない人間の、愛が儚いわけがない!
誰の言葉?
僕の言葉です。
パクってもいいですよ?

米山 実生

Vol.41 あえて、ね。

台本は全て頭に入っていると、
自宅の神棚に台本を置いて稽古場に現れた
早川です。

昨日の通し稽古を踏まえて、各シーン毎に稽古。
そして夕刻からは通し稽古…。

始まる前に演出家から一言。
今までの稽古の積み重ねだけど、試したいことがあったら今やっておけ。
とにかく気持ちが落ちるぐらいだったらやり過ぎたほうがいい。

全員の気持ちが前のめりになったことが、今回は良くない方向に出てしまったようです。

テンションを上げようと体が硬直し、独り相撲。
力ずくで余裕のない、窮屈で退屈な通し稽古になってしまった。

ダメ出しもらう前からみんな自覚して反省しきり。

でもこれでいいんです。
この失敗が本番に生きるんです。

劇場に入ると、空間は拡がり、照明が入り、音楽が入り、
否が応にも気持ちが高まります。暴走しそうになります。
今日のこの感覚を忘れず、教訓として本番を迎えることができればいいんです。

かく言う私も惨憺たるものでした。
でも今日はこれで良かったんです。あえて、ね。

あとでそう振り返ることができるよう
今夜はしっかり台本と向き合おうと思います。
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メイク中の某女優さん。
役柄と自身とのギャップに日々格闘中。


早川 毅